日本人と発酵食品!1000年の麹の歴史

日本の麹文化

酒造りの最も古い記録
日本人は、いつから麹を使うようになったのでしょうか。麹を使ってつくる醸造食品の中で、もっとも歴史の古いものは酒です。奈良時代初期の713年に編集された『播磨国風土記』に、麹を用いた酒造りに関する最も古い記録が残されています。「大神の御粮枯れてかび生えき 即ち酒を醸さしめて 庭酒に献て宴しき」この一文からはさらに神話時代にまでさかのぼって麹を使った酒造りが行われていたことが推定できるそうです。ただ、古代の農村社会では、米は非常に貴重なものであったはずです。麹菌はカビの仲間ですし、大切な米をわざと放置してカビを生やすなんて、当時の人々にとっては、とんでもないことだったのではないでしょうか。だとすれば、日本人と麹菌との出逢いは、偶然に訪れたものだったと考えるのが自然かもしれません。そうなると、もはや真実を確かめることは不可能ですが、こんな素敵なストーリーがあります。

お供え物からの偶然の発見

日本の農村では、古代より、米や餅を「神饌」として、神様にお供えする週間がありました。日本の水田は、台風などによる大雨や強風、津波といった風水害を受けることがすくなくありません。人々は、そうした天災を神様の仕業だと考えていましたから、特別にお供え物をして一年の無事と豊作をお願いしていたのです。神様にお供えするものには、できるだけ手間暇をかけた最高級の品がふさわしいと考えられていたはずで、最初は収穫した大切な米を「しとぎ」といって、生のまま突き砕いて固めて供えていたそうです。そのうち、それが蒸した米や餅に変わっていきました。すると、ある日、そこにカビが生えていました。カビが生えるくらいまで放置しておいたとすれば、このお供え物以外にはないのではないか、というのが、日本人と麹菌との、偶然の出会いのシチュエーションとして考えられるひとつの可能性です。もし本当にそうだったとしたら、神様に献上した米に麹菌が生えたのを初めて見たとき人々はどう思ったでしょう。神様が自分たちの日ごろの苦労と努力を認めてくださった印だと考えたのでしょうか。誰かがこの麹菌の生えた蒸し米を食べてみたのです。すると、普通のごはんよりも甘くておいしかった。そんな出来事が酒造りのきっかけになったのだとしたら、昔から酒が「神酒」として神事と結びついていることもごく自然のように思えます。

酒造りのための麹菌がつくられるように

微生物の知識がなかった当時、麹のもつ自然の力は神業だと思われたのかもしれません。ならばそれを大切に扱い、良い酒を造るにはどのような麹が必要なのか、人々は試行錯誤を重ねながら酒造りのノウハウを蓄積していったのです。日本の酒造技術は奈良時代には成立していたとされ、万葉集には、酒蔵で働いていた労働者の歌とされる作品が納められています。酢の期限も酒と同時期にあるとされ、これも万葉集に記載があります。味噌も、しょうゆの原型となった「ひしお」も奈良時代以前に既に中国から日本に伝わっていました。室町時代になると、酒造業が発達し、麹菌の胞子を「もやし」と呼んで、専門の業者だけが扱うようになりました。これが「種麹屋」という日本独特の商売の始まりで、それまで自然に生えてきた麹菌を使って麹を作っていたところを、酒を造るという目的にあった麹菌を人が育てるという時代が始まります。優秀な菌を選別して培養する技術は、職人たちの知恵と経験の蓄積によって発展していきました。麹菌や酵素について科学的に解明されはじめたのは、ほんの110年前のことです。

より良い麹菌をつくる

現在、遺伝子レベルで研究をして、麹菌がどうやって生きていてどうやって増えていくのかようやくわかってきたところです。日本酒の醸造では、第一に麹の出来だといいます。麹には、アルコール発酵に必要な糖をつくる役割と、製品の風味を形作るアミノ酸を作る役割があります。特に、蒸し米のでんぷんを分解して糖を作る酵素が十分に必要です。酵素を十分に含む質のよい麹をつくるには、蒸した米が最適とされています。麹菌が菌糸の先を伸ばし、でんぷんを酵素で溶かして吸い上げ、またその先へ菌糸を伸ばし、それを繰り返して、米の表面にも内部にもびっしりと菌糸が張り巡らされていくのです。麹菌は、自分の周りの環境に合わせて酵素の遺伝子を使い分けているそうです。水分が豊富にあるところでは、栄養分が拡散していて吸収しやすいので、酵素をたくさん作る必要がありません。一方、水分が少ないところでは、栄養分を求めて米の奥深くへ進んでいかなくてはならないので酵素をたくさん作ってトンネルを掘るように菌糸が張り巡らされていきます。蒸した米は、炊いた米やお粥に比べて水分が少ないので、麹菌は酵素をどんどんつくらなければ繁殖できません。つまり、蒸した米を使うと、麹菌が生き物としての本能によって最大限に力を発揮するので、良い麹ができるというわけです。ミクロの世界で起きていることを、五感を駆使して観察し続け微生物を上手に利用して、米と塩と大豆と麹だけで、これほどまでに繊細で多種多様な醸造食品の世界を創り上げた昔の日本人はすごいと思います。

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